エンディングノートが世に広まり始めて二十年近くがたちました。
言うまでもありませんが、エンディングノートは、自分自身の人生の記録と、エンディングについての自己決定を記入するためのノートで、その分野は葬儀・お墓に関する希望をはじめ、病気や介護における希望、財産の記録、そして人生の記録と多岐にわたります。
現在では、エンディングノートを知らない人のほうが少なく、日本人における認知率は七六・六パーセント(二〇一二年、経産省調べ)と言われています。
葬儀社などは、これを営業に取り入れ、自社オリジナルのエンディングノートを無料配布したり、エンディングノート記入のためのセミナーを行ったりするところも少なくありません。葬儀社ほどではありませんが、エンディングノートを布教活動に取り入れているお寺もけっこうあるようです。
しかし実際にエンディングノートの記入率は、わずか一・三パーセント(同)に過ぎないことを知っているでしょうか。つまりエンディングノートは話題になってはいるが、それほど活かされていないということです。
考えてみれば当たり前のことで、そう簡単に記入できる項目ばかりではありません。家族葬にしたいか、一般葬にしたいかといった問いなどは、すぐに答えられる項目です。しかし、どんな棺にするか、どんな祭壇にするか、香典返しを何にするか、通夜ふるまいの料理を何にするか、葬儀の予算をいくらくらいにするかとか、といった細かい項目を考え始めたら、いくら時間があっても足りなくなってしまいます。また、癌などになった時、余命告知を希望するか、延命治療を希望するかといったことなど、一日や二日で答えられるものではありません。
どんなに薄いエンディングノートでも、ちゃんと書こうと思ったら一ヶ月はかかって当然です。むしろ、最後まで記入できる人のほうが、珍しいと言っても過言では無いのです。
じゃあ、エンディングノートは意味が無いものなのか、ということなのでしょうか。
いいえそんなことはありません。エンディングノートは、そこに記入をすることができなくても、それを手にする意味は大きいのです。
それは、エンディングノートを通して、中の様々なトピックに関して考えるきっかけを得ることができるということです。お葬式のこと、介護のこと、病気のこと、財産のこと、普段は中々考える機会も無いことを、これを手にすることによって、考え始めることができるのです。
そしてそれ以上に、エンディングノートを通じて、家族の中で、あるいは友人知人の中で、葬儀や介護、病気について話したりするきっかけにもなります。自分ひとりで決められない項目が多いゆえ、どうしても身近な人に相談したくなります。逆にエンディングノートをきっかけにすることによって、普段は話しにくいテーマについても話しやすくなるということもあるのです。
記入することも重要であるが、それ以上に重要なのは、考えることと話し合うことです。つまりエンディングノートはコミュニケーションツールでもあるということなのです。
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